私は社会不適合者でした。
小学生から感じていた社会への窮屈感は中学、高校と進む中で大きくなっていきました。
“教員生活30年になるけどあなたみたいな生徒は初めてだ!”
“あなたは社会に出たら絶対にやっていけません!”
結構な険相で先生方からよく窘められたものです。
そんなだった私ですが、誰も行くと思わなかった大学に進学し社会人に。
そして会社では学生時代ほど窮屈さを感じませんでした。
学生の頃とは違い“周りに合わせて生きれない”ことが逆に自分の力や個性を高め、評価に繋がりました。
評価が高まると自分の裁量が増え、周りに合わせる必要が減り窮屈感も減っていくことに気付きます。
“周りに合わせて生きることの窮屈さ”を感じる私だったからこそ今があるのです。
社会不適合という言葉は“社会”という絶対的な存在があり、そこに合う合わないを決めてしまうイメージがあります。
ただ、この“社会”は決して同じ大きさではありません。
特に中学、高校の頃の社会は非常に小さなものです。
その小さく狭い社会に合わないと感じたり、窮屈感を感じる子供は決して少なくないと思います。
実際に自分の行動を自分で決めやすくなる大学生や社会人になれば
“社会は決して狭くない。窮屈じゃない”
ということに気付けます。
でも子供達は学校で反対のことを教え込まれます。
私が「社会に出たらやっていけない」と社会不適合のレッテル張りをされたように、大人になっての“社会”とは子供の今より更に窮屈で苦しいものだと思わされるのです。
“合わない”そう感じた子供達の中には無理に合わせ窮屈に生きていく子もいれば、耐えれずに学校という「社会」を放棄する子もいます。
たまたまその狭い社会に合わなかった子達は本当に“社会不適合者”なのでしょうか?
“その社会”と合わなかっただけで別の広い社会では窮屈感を感じず自分自身を出しながら、時には誰かや属する社会の為に生きていけるのかもしれません。
私は学校という「狭い社会」がたまたま合わなかった子供達が後ろ指を指されたり、後ろめたさ恥ずかしさを感じたりすることが無いようにしたい。
そういった子達が引きこもったり、知らず知らずに犯罪に巻き込まれるようなことは少しでも防ぎたい。
その為に作る学校、それが「西澤高等学院」です。
この学校は通信制高校と組んでWスクールという形で子供達を受け入れる予定です。
私の経験から、社会が窮屈だと感じなくするには、「自分で社会を作る」ことが一番だと考えます。
ただ、社会を自分で作るには“力”が必要です。
切り開き、認められる力。
自分が作る学校を選んでくれた子供達には通信で高卒資格を取りながら、BLACK GYMに登校しパーソナルトレーナーとして生きていく力を付けていきます。
フィットネス業界で自らの力で生きていく、社会を切り開ける力を付けます。
少子化が進む中でも通信制高校に通う生徒の数は増えているそうです。
未来ある若者が更にその未来を輝かしく、窮屈を感じながらではなく自分の人生を自分で楽しませることが出来るように。
“周りに合わせて生きれない”ことは自分や社会を変える貴方だけの才能かもしれません。
来たれ!わが学び舎へ!
・・・・みたいな演説を中学や高校でいつかやりたい😚
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